「ショウヘイさん」とは?

自分にとっての「ショウヘイさん」とは、野球の大谷翔平ではなく、俳優の日野正平である。

ほぼ毎日、正平さんの自転車の旅を観ている。視聴者のハガキで、その人の「思い出の場所」に行く番組である。ハガキにも投稿者の人生が出ていて良い。他人には何でもない場所に懸命に自転車をこぐ正平さんの姿がまた良い。息遣いが聞こえてきて、時折涙が出てくる。正平さんの手紙に対するコメントも素晴らしい。人柄がすごくよく出ている。昔は、ヤンチャなイメージがあったが、最近は歳をとったせいか性格に丸みが出て、好感が持てる。彼の優しさが滲み出てくる。

そんな自転車の旅も今年からは電動自転車になった。本人はこいでいるから変わらず疲れるし、自転車自体が重いとは言っているが、やっぱり普通の自転車の「チャリオ」が良い。電動自転車では視聴者としては思い入れが入らない。

勝手な意見ではあるが。昔の「チャリオ」に戻して下さい。正平さんゴメンなさい。一視聴者の意見!です。

カフェで学術書を読んでいる。

以前よく来ていたカフェで学術書を読んでいる。トマ.ピケティの「資本とイデオロギー」である。前著の「21世紀の資本」の続編である。内容よりも学術書を読んでいる自分に酔っているという方が正解かもしれない。

学術書を読みながら、ブログは何を書こうとか、懸賞作文のネタは何にしようかとかを考えている。そんな感じだから本の内容は、全く頭には入らない。

でも、その本の解説がネットやラジオで紹介されてる。だから、それを見たり聴いたりしている。さすがに良く分かる。もっと簡単な解説本が出ればよいと思うが、やっぱり原書を読んでみたいというつまらないプライドがある。

学術書はベースの知識がないと理解が出来ない。高校時代の世界史、日本史の知識が役立っている気がする。言葉を知ってるだけでも、何か親近感があり嫌にはならない。当時は受験には非効率だと言われていたが、ここでもやって置いて良かったと感じる。好きなことは後で役立つ時がある。

そんな感じで、これからも学術書は読んでいきたいと思っている。

とあるブログに救われた。

作家を志望していた。ブログもろくに書けないで作家も何もないのだが。最近、ブログが書けなくて落ち込んでいた。

よく読むブログに、同じように悩んでいる人がいる。その人は書けないときはメモに残して、後で見直すと不思議に落ち着くらしい。こうやって書けるまで待ってるらしい。待ちながら書いていく心境の変化を、最も大切にしているらしい。

そうか。皆んな苦しんでいて、何かしら自分で自分の気持ちに折り合いをつけて、日々ブログを書き続けているんだと。

いきなり最終目標に向かうのでなく、日々の積み上げを継ぎ足して行く中で、最終目標に向かえば良いのではないかと気づかされた。

そんなことを、とあるブログは教えてくれた。ブログは苦しいけど、やっぱり楽しい。

 

新聞は凄い!

去年の年末に自分の投稿記事が、全国版の新聞に掲載された。「日課」というコラムの題材で、自身の退職してからの散歩の日課を記事にした。

その記事を次男の嫁さんの母親が見て、次男に連絡が来た。早速LINEで次男からも自分に連絡が入った。

「世の中は狭いな。でも新聞は凄い」と正直、単純に驚いた。次男からも褒められて、何とも言えない気恥ずかしい気持ちにはなったが、悪い気はしなかった。

人は褒められると嬉しくなる。この事がブログを書くキッカケにもなった。これからも積極的に新聞投稿に応募し、ブログも書き続けていこうと思っている。

自分は性格的に褒められて伸びるタイプだ。昔からそうだった。これからも他人に対しても積極的に長所を見て褒めていこうと思う。それが自分の性格にあっている。

新しい朝ドラが楽しみ!

今月から始まった「虎に翼」が面白い。強者がさらに強くなるという諺らしい。

主人公の母親役の石田ゆり子が良い演技をしている。娘を心配する母親の表情が上手い。目つきが良く出てると思う。最新回で感情的になるところも面白かった。

昭和初期の戦前の女性は恵まれていなかった。常に亭主や家庭を第一に考えて、自分は裏方に回り、外では「スンッ」としている。頭の良い女性は頭の悪いふりをするのが良い。と自分に言い聞かせて、強かに生きてきた。

でも、それは昭和や平成まで続いていたように思う。ここ最近になってやっと共働きも一般的になり、男女平等になり女性が生々してきた。

自分(62歳)も生きた昭和後期から平成、令和初期も同じであった。女性は大学に行っても仕方がない、せいぜい短大で十分である。卒業したら、会社に勤めて、条件の良い伴侶を見つけて、結婚して家庭に入り子供を育てる。それが女性の幸福。だったと思う。個人的な感想だが。。。

そこに問題を突きつけているのが、今回の朝ドラである。

後、エキストラで出てくる女性たちが恵まれない環境を暗示しているようである。中々演出も凝っていて、今後、エキストラの女性たちがどう変わっていくのかも楽しみである。

今回の朝ドラは名作の予感がして、期待できる作品である。とても楽しみである。

4月1日の月曜日に思うこと。

今年は珍しく期初が月曜日だ。閏年の関係もあるのかな?何か全ての始まりの予感がする。自分自身も何かを始めたい。それが何かは分からないが。。。

このブログは自宅近くの新しく出来たカフェで書いている。今日は一番乗りである。定番の席も空いていた。コーヒーが美味い。

毎週月曜日はこのカフェに来るのが日課になっている。妻も「月曜日の男だね。」と言って送り出してくれる。ブログと読書をする事も知っている。

何か最近はブログのネタが思いつかず、中々更新が出来なかった。このカフェに来ると、自然ネタが思い付く。

ネタと言っても、ごく日常のたわいない事ばかりである。

今日も「今日は期初で月曜日」という事で、何ともない事だ。読者(読者がいればの話だが)からすれば「それが一体何なんだ!少しも面白くない!」と思われてしまうだろうが。

まあ、桜見を兼ねて散歩したと思えば、カフェに来たの無駄ではないか。

やっと近所の桜も咲き出した感じだ。昨日のテレビでまだ咲いてない桜の下で宴会をしている人たちの映像が流れた。今年の桜は咲くのが遅い。コロナ明けの初めての桜の季節であるにも関わらず。

こんなどうしようもないブログを書いてしまった。これも咲いてない桜の下での宴会のように、どうしようもない。

新聞の投書欄で感じた事。

最近、新聞の投書欄を読んでいて気づいたことがある。題材は「政治とカネ」。最近話題の、自民党の裏金問題が中心である。今、議論されていることは、根本的な解決にならないというお叱りの意見が多い。

投書で採用されているのは、ほとんどが高齢の男性である。皆さん無職であり、暇に任せて色々思ったことを書いている。若者は唯一中学生の女性だけである。

気づいたのは、政治に関心があるのは、高齢者ばかりであり、選挙に関心を持って参加するのも高齢者。声を出すのも高齢者。政策が反映されるのも高齢者の意見。自然、政治家も選挙に来てくれる人の意見を尊重する。ならば若者が選挙に行けば良いのである。

投票率を上げるためのインターネット投票も中々進まない。政府も手をこまねいているばかりで、投票率を上げる為の具体的な方策は全然出てこない。政府に期待するのは、もっと若者の投票率が上がる方策を考えて欲しい。そうでなければ老人のための老人による政治国家になってしまう。