民主主義より"明日のおまんま"か
アメリカ大統領選挙の結果を踏まえたヤフオクの記事の見出しである。民主党のハリスは共和党のトランプに惨敗した。
この記事を読んで、夏目漱石の「それから」を思い出した。高邁な主義を主張し親からの援助で贅沢な生活をする主人公の代助と、生活を重んじる友人の平岡。最後に勝ったのは平岡であった。確かに平岡には色々問題はあったが、でも最後には勝った。代助は親からの援助も絶たれ平岡の妻との不倫も失敗し、最後は路頭に迷う。
民主主義も大切だが、まずは生活である。生活に困った人々にとっては、理想よりも明日の食い扶持である。トランプが素晴らしいとは決して思わないが、ハリスは理想に走りすぎたきらいがあった。あくまでも結果論であるが・・・
そんなことを今回の選挙で感じた。
今、朝の5時半である。
今日は予定以上の早起きである。今ブログを書いている。これから読書をするつもりだ。
顔も洗ったし眠くはならないだろう。やっぱり早起きは良いものだ。
明日から早起きしよう。
NHKの朝ドラがつまらなくなったので、朝起きるのが遅くなってしまっている。朝起きるモチベーションがなくなったことで、ついついダラダラしてしまう。
明日から朝は早く起きて読書をしよう。長らくサボっていたブログを書いても良いかな。
そんな感じで自分を自制しないと時間が無駄になってしまう。朝は何時に起きようか。とりあえず7時かな。7時が早いかは別にして。頑張ろう。
書くことをサボってしまうこと。
随分と書くことをサボってしまった。数ヶ月も書かないと、書くための筋肉が動かなくなる。動かすための集中力や持続力を失うと、途端に書けなくなるのだ。
書けなくなった作家の気分はこんな感じなのかな?と思ってしまう。だががブログされどブログである。
筋肉は動かさないとダメである。ここまで書いてもう挫折してしまった。書かないブランクのせいだろう。
書き続けることの困難を知った。これからは書き続けられるかどうかの戦いでもある。
どうしても出てこない言葉。
自分には、どうしても出てこない言葉がある。東京の「箱崎」と「浜町」である。こんな簡単な地名が出てこないのである。よく行く場所にもかかわらずである。
妻に相談したら、どちらも「は」行だね。脳みその「は」行を出すところだけ、おかしくなったんじゃないの。と言われた。確かにそうかもしれないと思うほど、出てこないのである。
確か、夏目漱石の「門」の冒頭に主人公と妻の間でもそんな会話があったような気がする。簡単な漢字がどうしても出て来なくて、間違えてるんじゃないかと思ってしまうのである。
そんな感じで、やっとこのブログのアカウント名である、漱石ファンという夏目漱石の作品に関する話題ができた。すごく満足である。
久しぶりのカフェ。
以前良く来ていたカフェに久しぶりに来た。最近はめっきり足が向かなかった。特に読書するわけでもなく、このブログを書くためだけである。感じたのは、値段がすごく上がっていたことである。最近の物価高を肌で感じた。
だけどネタが全然浮かんでこない。でも、以前によく感じていた空気感に触れるだけでも違うと思った。家で読書していても感じることのないスッキリ感みたいなものを感じた。
そんなことだけでも良いと思った。とにかく外に出ることが大事だと思った。何か老人のようだけれども。